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| 財 政 2000年(平成12年)度(決算) | |||||||||||||||||||
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| ○我が市のデータ |
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| ※ 商業販売額(1997年),事業所数(1996年)以外の項目は2000年データ。 |
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| ○沿 革 | |
| 因島は,大化の改新の際,御調郡に編入され「因島郷」となった。室町時代から戦国時代にかけて因島村上氏の水軍が,帆別銭の収納,八幡船による海外交易などで活躍し,住民の生活は豊かであった。江戸時代になって,海運業とともに海面干拓などにより新しい田畑が盛んに開発された。1910年(明治43年)代のはじめ,島の西部に造船所が建設されてから発展し,更に大小の造船所を加えて,造船業が隆盛を極め,人口が急増するところとなった。一方,島の北部の農業地帯では,かんきつ(ネーブルオレンジ・はっさく・温州みかん),除虫菊が盛んに栽培され,造船業と農業の島として発展してきた。1889年(明治22年)町村制施行当時因島では土生村・田熊村・三庄村・中庄村・大浜村・重井村・三浦村の7村,海を隔てた生口島では東生口村が設置されていた。1918年(大正7年)に土生村が町制施行で土生町となり,1921年(大正10年)三庄村が三庄町となった。1948年(昭和23年)には三浦村のうち大字椋浦が三庄町に,外浦・鏡浦が中庄村に編入,1949年(昭和24年)に田熊村が町制施行で田熊町となった。1953年(昭和28年) 5月 1日にこれらの3町4村が合併し.全国でも珍しい島の都市因島市が誕生した。 | |
| ○人 口 | |
| 2000年(平成12年)の人口は28.2千人で,1995年(平成7年)に比べ7.0%の減少となっている。世帯数は11.0千世帯,人口密度は708.9人である。人口の推移をみると,戦前は27千人〜35千人台,戦後は1947年(昭和22年)以降41千人台が続いていたが,1980年(昭和55年)以降は3万人台へと減少し,依然減少傾向を示している。 | |
| ○産業・観光 | |
| 事業所:1996年(平成8年)の事業所数は2,024,従業者数は13.6千人で,1991年(平成3年)に比べ,事業所数で4.5%の減少,従業者数は0.3%の減少となっている。 農 業:2000年(平成12年)の農家数は12.7百戸である。販売農家の専兼業別では専業農家43.1%,1種兼業農家6.6%,2種兼業農家50.3%である。経営耕地面積は539haで,うち田0.2%,畑25.0%,樹園地74.8%である。年間粗生産額は20.6億円で,主要農産物ははっさく,鶏卵,みかんなどである。 漁 業:1998年(平成10年)の漁業経営体は111である。 商 業:1997年(平成9年)の商店数(卸売・小売)は640,従業者数(卸売・小売)は2,292人,年間商品販売額(卸売・小売)は406億円で,うち卸売業31.3%,小売業68.7%となっている。 工 業:2000年(平成12年)の事業所数(従業者数4人以上)は110,従業者数は3,267人,年間製造品出荷額等は612億円で,年間製造品出荷額等からみた主な業種は輸送用機械器具製造業(1位),次いで一般機械器具製造業(2位),木材・木製品製造業(3位)となっている。 観 光 白滝山:標高227mの霊山で,五百羅漢,十字架観音などの石仏が約700体あり,山頂からの眺望はすばらしい。また,ふもとには,因島大橋記念公園へつながる白滝フラワーラインがある。 大浜埼灯台:海の銀座といわれる布刈瀬戸の流れの速い岬に立つ明治43年に建てられた信号所。建物の一部は灯台記念館として,灯台に関する貴重な資料が展示されている。 因島公園:1971年に国民宿舎「いんのしまロッジ」が完成,夕日をはじめここから眺める多島美はすばらしく,瀬戸内海国立公園のなかでも代表的な景観である。 因島大橋記念公園:芝生広場,展望所,レストハウス,チビッコランド,キャンプ場,野外ステージなどがあり,休日には多くの家族連れやグループで賑わう。隣接には人工海浜とアメニティ公園がある。 因島フラワーセンター:珍しい花,新しい花等約95,000本の花木が栽培,展示されている。大温室や花壇をはじめ,カスケードテラス,レストハウス,フラワーショップ,研究室等の施設があり,四季おりおりの花にまつわる各種イベントが催される。(春と秋のフラワーまつり) 史 跡:中世に瀬戸内海で勢威をふるった因島村上氏の城跡(長崎城跡・青木城跡・青陰城跡−県指定)がある。また,村上水軍の菩提寺金蓮寺には,歴代の墓がある。 天然記念物(市指定):艮神社の椋(椋浦町),住吉神社の欅(外浦町),天満宮の楠(田熊町),八幡宮の山桃(田熊町) 郷土芸能:田熊神代神楽(田熊神代神楽保存会),中庄神楽(中庄八幡神社十二神祗神楽保存会) 年中行事:県無形文化財に指定されている法楽おどり(椋浦法楽会保存会)は毎年 8月15日に行われている。また,水軍まつりは,毎年 8月最後の土日に行われ,水軍武者,水軍陣太鼓と,跳楽舞,伝令船を復元した小早レースなどを展開している。 |
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| ○生活環境,教育・文化 | |
| 住 宅:2000年(平成12年)の住宅に住む一般世帯は,10.9千世帯,うち持家世帯75.3%,借家世帯21.2%,給与住宅世帯2.1%で,1人当たり延べ面積(主世帯)は40.6uとなっている。 水 道:1999年(平成11年)度末現在の給水人口は26.9千人,普及率は90.7%である。 し尿・ごみ処理:2001年度末現在のし尿処理人口は17.030人,ごみ処理人口は29.125人である。 社会福祉施設:養護老人ホーム1(定員50人),ふれあいプラザ,保育所6(定員470人)などがある。介護老人福祉施設1(定員54人)・通所介護(デイサービス)3・介護老人保健施設1(定員80人)・通所リハビリテーション(デイケア)2・痴呆対応型共同生活施設1・知的障害者デイサービス施設1 保健衛生施設:保健センター,母子健康センター,斎場,墓園等を設けている。 学校教育:2000年(平成12年)の小学校は7校(公立7校),児童数は1,410人。中学校は5校(公立5校),生徒数は791人である。このほか,高等学校が1校ある。 社会教育:公民館7館を利用した,各種学級,講座が開設されている。その他,芸予文化情報センター(図書館併設),勤労青少年ホーム,運動公園などの施設がある。 文化財:因島水軍城があり,村上水軍にかかわる資料など因島を代表する各種の文化財が保管されている。主なものに白紫緋糸段腹巻1領,紙本墨書因島村上家文書3巻,金蓮寺在銘瓦4枚(県重要文化財)などがある。 |
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| ○将 来 計 画 | |
| 「海・まち・人が輝く広域連携都市・いんのしま」〜世界に開かれた芸予諸島の中核都市を目指して〜を将来都市像に「交流・協働・共生のまちづくり」〜芸予の海・まち・人の連携〜を基本理念に次のとおりまちづくりを進めている。 1 暮らしと環境を守る「安全・安心循環都市」づくり 2 もてなしと文化を醸し出す「しまなみ交流都市」づくり 3 資源と技術を紡ぎ出す「次世代産業都市」づくり 4 やすらぎと生きがいを育む「生涯現役都市」 5 情熱と智恵を生み出す「人材育成都市」づくり |
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| ○特 産 品: | 八朔,キヌサヤエンドウ,みかんハチミツ,冬ダイダイ,ハッサクゼリー,杜仲茶,万田酵素,スイカ・メロン |
| ○日 本 一: | 市技囲碁(本因坊秀策生誕の地−記念館と資料や碁盤) 水軍城(全国で唯一) 大阿武船(水軍の司令船を復元,NHK大河ドラマ「毛利元就」に登場) 出前囲碁(旅館,ホテルの宿泊者に対戦相手を無料派遣) ハッサクロード(街路樹の代わりに八朔の木を植栽) 除虫菊(蚊取線香の原料として栽培されていたが,現在では観光用の依託栽培) |
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